弥勒の掌・我孫子武丸◇文藝春秋

弥勒の掌 (本格ミステリ・マスターズ)

弥勒の掌 (本格ミステリ・マスターズ)

作者の5年ぶりの長編にして13年ぶりの書き下ろし長編作品。といっても、最近はやりの超長編ではなく、300ページほどの程良い長さの作品。
いや、騙されたというか、びっくりしたというか。氏の中でもかなりトリッキーな作品なのでは?

3年ほど前に教え子を妊娠させてしまった事のある教師、辻恭一は妻が家を出ていったことに気がついた。自分に愛想を尽かしたのだろうと放っておいたのだが、妻の知り合いから捜索願が出ていたらしく、警察に取り調べを受ける。このままでは、自分が妻を殺したのではないか?と疑われると思った辻は独自に調査を始める。そのころ、ヤクザから賄賂を受け取っていた刑事、蛯原は妻がラブホテルで殺されたことをしり、独自に捜査を始めるのだが、ある宗教団体が浮かび上がる…

といった感じの話が、二人の男を交互にカットバックさせて進んでいく。それがどちらの事件にも宗教団体「救いの御手」が絡んでるらしいと分かったところで、二人に接点が出来、共同戦線を張ることになっていく。

この妻について、冷めた感情しか持っていないんだけど、価値観の異なっている二人の様子が面白い。二人に接点のない頃は、淡々と(特に辻のほう)話が進んでいくんだが、共同戦線を張るところから、俄然面白くなっていく。何となく、奇妙な友情が生まれたりと、いわゆるバディムービーのでこぼこ感というか、つい笑ってしまう。

そして、物語に登場する宗教団体「救いの御手」の描写がおもしろい。辻が本部に潜入したときの描写があるのだが、ロッカーに荷物をおいてジャージに着替えて、いろいろな施設を使用するなど、何となくスポーツジムのような感じに描かれている。いわゆるカルトと呼ばれる物ではなければ、こんな感じなのかなと思わされた。こんな所から入っていけば、信仰心などが薄い人などでも入信してしまうのかもしれない。

ここから、怒濤のクライマックスへと一気に進んでいく。もうここは、ひたすら唖然。うわ、そんなことだったのか!と、つい叫んでしまう。でも、これ怒る人は怒りそうな結末だと思う。自分は、こういうの好きだからいいけど。何となくだけど、「かまいたちの夜」のバッドエンドな雰囲気が少しにじみ出ているようなラストだった。というか、落語というか…

とにかく、書き下ろしとしては「殺戮にいたる病」からの待望の新刊、あれから変わることのない我孫子マジックを十二分に堪能した作品。
できうれば、もう少し早めに作品を発表してくれるとうれしいんだけど…